必然の出会い、恋の目覚め。
まだ見ぬ君へ、花を贈ろう。
この想いを乗せて、君に捧げよう。
君も僕と同じ気持ちで居て欲しいから、願いを込めて。
どうか、この気持ちが君に届くように…。
会いたいという気持ちは募るけれど、その願いは、なかなか聞き届けられなかった。
アーウィングは、国内での様々な準備が待っていた。
まず、向こうの国の情勢や政治、風土、習慣、儀式など、学ぶべき事はたくさんあったし、
アーウィングが受け継ぐ財産を整理しなければならなかった。
「ようやく、一段落ついたな…」
それも、もうほとんど終わりだ。アーウィングはホッと一息ついた。
「若君、皇太后様より贈り物が届いています!」
ハンナの声だ。アーウィングは声の方へ向かった。
「見てください、これ!ウェディングドレスですよ!」
それは、一見、純白のドレスに見えるが、薄い水色の糸が織り込まれていて、
うっすら浮かび上がる模様が美しい。
豪奢な美しさはないが、清楚で優美な美しさがそこにはあった。
「どうして、わざわざ花嫁衣裳を…?」
「お手紙が入ってますよ」
「どれ…?」
手紙にはこう書かれていた。
アーウィングが結婚すると決まって、母親としてその相手に贈り物をしようと思い、
ドレスを作ったのだったが、婿として嫁ぐ場合、相手の方が上の立場だから、
こちらが用意するのは却って失礼に当たるかもしれないと思い至った。
だが、せっかくなので婚約披露パーティーの時にでも
さりげなく着てもらえるよう頼んでくれないか?…との事だった。
「でもさぁ…当日、いきなり着て下さいじゃ…多分、
向こうだって準備しちゃってるだろうしね…?」
「贈り物として先に届けられてはいかがですか?」
「なるほど…!」
アーウィングは、良いことを思いついた。
それは、贈り物を直接自分の手で届けることだった。
幸いにも(?)こちらの顔は向こうにあまり知られていない。
相手の姫を見る、またとないチャンスだった。
「ハンナ!これを贈る準備をするぞ!お前の息子達を集めてくれ!」
「はい、すぐに呼び寄せましょう…」
ハンナの息子達は、アーウィングの乳兄弟にあたる。
上から、セージュ、ディル、そして、フェンネルといい、皆が騎士として僕に仕えてくれている。
「アーウィング様、お呼びでしょうか?」
「ディル!早いな〜お前が一番乗りだよ。実は、クレツェントに行って来て欲しいんだ」
「使者ですか?」
「そう、大事な贈り物を頼みたいんだ」
そうしていると、セージュがやってきた。
「セージュ、君はクレツェントに行った事があるんだよね?」
「はい…以前、王宮より使者を頼まれたこともありますので…」
「じゃあ、君にも来てもらうよ」
そして、最後にフェンネルがやってきた。
「王子、何の用ですか?俺、昨日夜勤で眠いんですけど…?」
「アーウィング様に向かって失礼だぞ!」
セージュの鉄拳を食らう。
「だってさ〜」
生まれたときから、ほぼ一緒に育ったこいつは、
僕に対して畏敬の念というものはないらしい…。
「僕と一緒にクレツェントに行ってくれる?」
「勿論です!」
「異存ありません…」
「…行ってやっても良いけど?」
三者三様の答だったが、不思議と三人とも喜びの色が見える。
「決まりだね…」
その時だった。
「私もお連れ下さい、王子!」
「シレネ?」
それは、この三人の妹のシレネだった。
「お前は、ダ〜メ!」
「フェンネルお兄様には訊いてません!」
シレネは、美しい少女だが、男勝りで何でも兄達と張り合おうとする所があった。
「でも、これは私的な外交だから…たくさんは連れていけないよ?」
「だったら、フェンネルお兄様を置いていけば良いのです!」
「何だと〜?」
ふと、思った。
「なるほど、確かにその方が自然かもしれない…」
「えっ?」
「今回は、秘密…つまり、僕がお忍びで相手の姫を見ることが目的なんだ。
だから、怪しまれないように信頼のおけるお前達に頼んでいるんだけど、
僕の乳兄弟であるお前達なら手厚く迎えてくれるだろう、
その中に違う奴が混じるより、そのままの方が良いに決まってる!」
僕の発言を受けて、ディルは理解したようだった。
「つまり…アーウィング様がこの馬鹿な弟のふりをなさる…と言う事ですね?」
「そうだよ!」
「何だよ、それ…?」
すると、シレネは勝ち誇ったように言った。
「フェンネルお兄様は、い・ら・な・い、のですわ!」
こうして、僕とセージュ、ディル、シレネの四人はクレツェントに向かった。
〜六の月、吉日〜
予定通り、日の良い日に王宮についた。
以前にも使者を務めた事のあるセージュが、取り次いでもらうように頼む。
勿論、親書を携えているので、すぐに目通りが叶った。
「よくぞ、来られましたな…」
国王自ら迎えてくれる。しかし、王女の姿はなかった。
「贈り物の方は、直接、姫君にお渡しするようにいわれております…」
「おお、そうでしたな。リディアには、伝えております…
私は執務に戻ります故、案内させましょう。
実はこの所、臥せっておりまして…
今日も大事を取って部屋で過ごすように申し付けてあるのです
…カイザー!カイザーは居らぬか?」
「はい…」
「大事な客ぞ、丁重にご案内せよ!」
国王は、取次ぎの間から姿を消した。
ばれないように俯いていたので、顔は見ていない。
「カイザー=グレイと申します…姫君の所へご案内致します…」
カイザーという騎士について歩く。途中、庭の美しさに驚いた。
「この庭はどなたの趣味なんですか…?」
「この庭は…身体の弱いリディア様の慰めにと、王妃様が造られたものを、
姉上であられるライラ様が引き継がれ…
今は、時折、リディア様が庭師に頼んで所々変わっているようですが…」
「へぇ…うちの王子も花が好きなんで、話が合いそうですね…」
セージュの一言にドキッとする。
「そうですか…」
そうこうする間に、姫の部屋についた。
「失礼します…」
カイザーが、まず扉を開け、中に入る。
「カイザー…どうしたの?」
かすかに聞こえる声、何だか嬉しそうだ。
「姫に客人です…カトレア国の使者の方が、
直接お会いしたいとおっしゃっています」
「そう…わかりました、お通しして…」
声が曇った。アーウィングはショックだった。
多少は、覚悟していた事とはいえ…やっぱり、こうして直面すると哀しい気持ちになった。
「どうぞ、お入りください!」
その言葉に、中に入る。しかし、顔が上げられない…。
「ようこそ、クレツェントへ…はるばる遠くから、良くお越し下さいました。
私は、クレツェント王国第二王女・リディアと申します…」
透き通った、鈴のように高く、可憐に響く声。
扉を通して聞いた先程とは、比べようが無いほど、胸が高鳴る。
「我々は、王子…アーウィング様の乳兄弟で、私はセージュ=アキレアと申します。
姫君にアーウィング様からの贈り物を、直接、お渡しするように言い付かっております故、
このようにお目通りをしていただく事になった次第です…」
「贈り物とは、一体どのような…」
セージュの合図で、シレネがドレスの入った箱を差し出す。
「こちらでございます…」
「これは…」
箱を開けたリディアは驚いた。
「王子の母上であらせられる皇太后様があつらえたものです…
八の月の披露の場で着ていただきたい…とのことです…」
「まぁ…それでは、是非そうさせていただきます…」
(もう一つ…あと、もう一つだけ渡したいものがあるんだ!)
もう、怖がっている場合ではなかった。王宮に来る直前、見つけた"想いの証"。
「こちらを、姫にお渡しするように言われて来ました!」
思い切って顔を上げた。
「何かしら?」
その姿を見た。
銀色に輝く髪、雪のように白い肌、吸い込まれそうな青い、蒼い瞳。
ほのかに染まった唇。
――美しい、単純にそう感じた。
清らかな空気が伝わってくる。彼女は、まさに"花"だった…。
「この花を…」
震える声、上手く伝わらない。でも、気付いて欲しい。
「綺麗…何という花ですか?」
花を見つめる瞳が優しい。思わず見とれた。
「アガパンサス…花言葉は"恋の訪れ"…」
真っ直ぐにアーウィングはリディアの顔を見た。瞳が、合う。
リディアは、その瞳の"強さ"に引き込まれた。
「あの…」
「王子、あまり強く見つめられては相手が困ってしまいます!」
「お…王…子?」
「あっ!」
セージュが思わず口を滑らせてしまった。
「貴方が…アーウィング…様?」
「――バレては仕方ありませんね…。
僕が、アーウィング=カトレーニア。貴方の婚約者です…」
驚くのも無理はない。アーウィングは開き直った。
「貴方に、お会いしたかったのです。
会って、僕が愛するべき人がどのような人か…知りたかったのです。
僕は貴方を愛するでしょう…実際に会って、そう感じました。
貴方を、幸せにするには…僕を好きになってもらうのが一番です。
だから、この花を贈ろうと思ったのです…貴方が、僕を好きになってくれるように願いを込めて…」
リディアはドキッとした。視線が逸らせない。
つまり、それは向こうが本音をぶつけてきている証拠だった。
「私は…」
「焦っているつもりはないのです…ゆっくりで良いのです。
ただ、僕を…少しでも好きになってくれれば…って、それが一番、難しいですよね…」
アーウィングは笑った。少年らしい爽やかな笑顔で。
「それでは、また会える日…次は、八の月のパーティーでお会いしましょう!」
その言葉を合図に、全員が立ちあがった。
「みんな、帰るよ?」
「失礼致しました…では…」
セージュとディルの二人は騎士らしく礼をして、シレネは軽く会釈。
アーウィングは…振り返ることなく、部屋を後にした。
(恥ずかし〜!あんなセリフ、言うんじゃなかった!バカバカ、セージュのバカ〜!)
一方、取り残されたリディアは、赤くなっていた。
面と向かって愛の告白をされたのである。その反応は当然のものだった。
「あんなに真っ直ぐな目で見つめられたの、初めてかもしれない…」
「とても、良い人のようですね…」
「貴方にそう言われるのは、嬉しくない…でも、確かに私には合っているのかも…」
(カイザーとは…全然違うもの…比べようもないわ…)
リディアは、そう自分に言い聞かせた。もう、諦めた事とはいえ…やっぱり、胸が痛む。
花に目をやる。薄い青紫の花。心が慰められる色だった。
帰り道でも、アーウィングはやっぱり照れていた。
思い出すたびに顔が赤くなる。それなのに、つい思いを巡らせてしまう。
「しかし、美人な方でしたね?」
シレネが訊ねてくる。
「ああ…そうだな…」
どうかしてる、こんなに心が乱されるなんて…。
ただ、顔を見て、少し話をしただけなのに…。
「王子、一目惚れされたのですか?」
「そんな事ないよ…」
「でも、恋に時間は関係ないですよ?
きっかけなんて、本当は必要ないんです。
好きになるのは、ほんの一瞬のひらめきがあれば十分だ…」
珍しく、ディルがしゃべった。でも、その言葉は説得力があった。
「そうだね…そうかもしれない…」
空を見上げると、うっすらと月が昇っていた。星も、一つ、二つ見える。
「この空は、彼女の元にも続いてるんだね…」
まるで、彼女のように儚げで美しい月に願う…。
――どうか、僕を好きになってください…。